渡辺千尋の仕事《パート1》 (長崎県美術館 2014.3.14~6.8)

長崎県美術館で開催中の「渡辺千尋の仕事」(2014.3.14~6.8)に行きました。エングレーヴィング作家・渡辺千尋(1944~2009)14歳~高校卒業までを長崎で過ごし、後年は「東京出身」より「長崎育ち」を公言してました。多感な時期を過ごした長崎、 その場所で展示を見る事は非常に重要です。
渡辺の回顧展は、昨年末~今年初まで練馬区立美術館 で開催され日曜美術館アートシーンでも取り上げられました。会期後半には当画廊でも2014年1‐2月にかけて 「渡辺千尋―象の風景、ふたたび。」を開催、その作品世界を初めて知った多くの来客があり大変話題となりました。

美術館は日本設計と隈研吾氏が手がけ、グッドデザイン賞など多くの建築賞を受賞した美しい外観、展示室を結ぶ渡り廊下の下には水路が流れています。

 

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まず今企画を通して、長崎で最も重要なアーティストの一人と位置付けた長崎県美術館学芸員・福満葉子氏が執筆・編集した展覧会カタログを紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福満氏は、代表作「象の風景」シリーズについて、1988年刊行『象の風景』に収録された劇作家・別役実のテキストや、ダリやゴヤの戦争にまつわる作品との対比などから、作家自身の口からはほとんど語られていない“原爆”との関連性を深く考察しテキストにまとめています。
(『渡辺千尋の仕事』カタログより、「象の風景」-あるいは災厄の表象―別役実『象』との関わりから/福満葉子)

また友人のエングレーヴィング作家・門坂流との対談(於:2009年 松明堂ギャラリー)がカタログ14頁も使って採録されています。
二人の生い立ちから作家になるまでを各自応答する公開対談を文章化したものですが、ビュランの名手である二人の芸術家としての資質がこの対談を通しても良くわかります。特に、門坂が渡辺作品と原爆(長崎)との関連を聞いた際の(あえてそうしているかのうような)渡辺のあまりにそっけない返答について、かえって語っていない部分にこそ「何か」が隠されてあるように思います。お互いの作品を評価しながらも「ここだけは譲れない」という信念を持つ二人の対談は、普通に読んでも非常に興味深いものです。ご興味のある方には是非一度読んで頂きたい。
展覧会カタログ『渡辺千尋の仕事』 2014年3月14日 長崎県美術館発行、執筆・編集:福満葉子、デザイン:納富 司デザイン事務所

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展覧会場入口

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1室《象の風景》
代表作「象の風景」シリーズ全9点が展示されています。

手の写真は林明彦撮影によるビュランと渡辺千尋の手。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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第2室《エングレーヴィング》
1978年から始めたエングレーヴィング最初の作品「奇妙な珍客」から展示が始まり、「無辺(Infinity)」で締めくくっています。

上図:「風の棲家」2点(右:初摺り、左:決定摺り)の違いは中央下やや左よりに描かれた卵の描写。初摺りでは楕円形の断面図のようなものでしたが、決定摺りでは白い「卵」に変わっている。
下図:第4室に「風の棲家」の原版と段階摺りが展示されていますが、原版を見ると、初摺りで断面のようだった卵の部分をキレイにつぶし、丁寧に平らにしている事がわかります。それにしてもこの「卵」は何を暗示しているのでしょうか。

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第3室《メゾチント》
1998年以降、渡辺はエングレーヴィング作品を制作しておらず2001年より急にメゾチント作品を発表し始めます。
最初に1点のみで展示されている独特のブルーが美しい、メゾチントの代表作「長崎情景」。青春時代を過ごした西坂から26聖人像のある丘を見渡した風景です。牡丹の花が偶然にも26個描いていたことを摺りあがった後に気付いたそうです。


下図「そら豆」、カラーとモノクロームで制作された作品もあります。
底から光が放出され、深い闇に浮かぶ未確認飛行有機体のように不思議な存在感を醸し出す小さな秀作です。

没後カタログレゾネの編集に関わった渡辺千尋遺作管理会、銅版画家の辻憲氏から「渡辺さんはこれから誰も作っていないようなメゾチント作品を作ろうとしていた」と伺った。
「メゾチントとエングレーヴィングの両手法をミックスさせた、誰も制作していない(出来ない)作品を作ろうとしていたのではないか」


第3室《メゾチント》

下図の作品「象へ 2004」は、「象の風景」シリーズをメゾチント手法でリメイクしているような異様な風景ですが、版画技術のレヴェルアップにより更に重々しく表現されています。この作品群を2004年の新作展で見た際の私の記憶は、エングレーヴィングでの「象の風景」は非常に硬質であったのに対し、メゾチントで描いたこの風景がドロドロとした粘着性、湿度のある作品に変わってしまったと思った。しかし渡辺にとって再び「象」を主題にして作品へ向かう事は、相当強い思いがあって制作したに違いないと今は思っている。果たして、作家のその思いに寄り添える観客はいるのだろうか・・・。

パート2に続く。

 

「渡辺千尋の仕事」
会期:2014年3月14日~6月8日
会場:長崎県美術館

 

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