#S|成田朱希 「スカートの下の劇場」

成田朱希 「スカートの下の劇場」  2019 油彩・キャンバス F20 (727×606㎜)

 

観客のいないスカートの下の劇場で、女だけの王国が成立するという「スカートの下の劇場」は、上野千鶴子先生著作のタイトルからつけました。
昔々、パンティが日本に紹介された時、性器に密着し歩くたび性器にささやきかける小さな布きれに、保守的な人々は女性の美と慎み深さの終焉とばかりに危惧したのです。パンティで性器を隠す事で、より女性器の価値を高める意味もありました。「見ちゃダメ!」と隠せば隠すほど、見たくなるのはよくあることで、だからこそ女性はパンティで性器を隠し、とてもとても大切なものだというアピールをしてきました。観客のいないスカートの下の劇場には、幼女から老婆にいたる女性たちの差別や迫害、強制奇習等等、フェミニズムの歴史やナルシシズム、そして私的な無数の性的物語が、私の描いたスカートの下の襞にも充満しているのです。

上野千鶴子先生がまだ東京大学の教授になられる前、私は関西でお会いした事があります。今は亡きニキ美術館長の二樹洋子(=増田静江)さんからのご紹介でした。洋子さんは50歳の時、ニキ・ド・サンフアルの小さな版画を見た瞬間、脳天から雷を落とされたような衝撃と感動のファンファーレが鳴り響き、それからは無我夢中でニキ探求と作品収集、そして大恋愛の如くニキへの大ラブレターを送り続けました。ずっと飲食店の経営者だったのに、さっさと閉店し、その店舗に〈スペース・ニキ〉というニキ作品オンリーギャラリーをオープンさせました。

『ねえヨーコ、世が世なら私達、魔女狩りにあって火炙りね!』
念願の初対面をパリで果たした時、ニキは洋子さんの手を取りそう言ったそうです。
この時ニキが洋子さんの本名〈シズエ〉と上手く発音できなかった事から〈ヨーコ〉という世界でもよく知られる名を使い、姓はもちろん二樹(ニキ)としたのです。正しくニキニキニキニキ三昧の洋子さんは、ついに栃木県那須町に素晴らしく大きな私設美術館をブチ建ててしまう強者館長でした。上野先生もニキの研究者であり大ファンだったので、洋子さんとはキャッキャと、小柄なお二人は少女のように盛り上がっておりました。私は洋子さんに出会うまで、ニキというアーティストを知りませんでしたが、この時の上野先生と洋子さんが語ったニキ作品の事が、実は今も私に刺さっていて、影響されていたのではないかと、この文章を思いつくまま書いているうち気付かされました。

その作品とは、1966年、ストックホルム美術館で発表された「ホーン」という妊婦のように腹の膨らんだ巨体女の巨人像です。
ニキには「ナナ」という代表的なキャラクター作品があり、この「ホーン」は最大級の「ナナ」像なのでしょう。
「ホーン」の大きさは、哺乳類史上最大のクジラ並みの全長で横たわり、出産の如く両脚を広げ仰向けに寝転び、性器部分には玄関口のような穴があり、そこから観客達が体内へ出入りできる巨大女体像になっていたそうです。
内部は一回りできるよう、途中途中に小さな映像館があったり、長いコンベアのようなものに空ビンが羅列され続々とリサイクルされる仕組みがあったりと、定かではありませんが他にも色々な趣向を見ながら体験しながら、胎内巡りができるというのです。
「ホーン」の性器口玄関は左右2つに分かれていて、入口と出口になっており、つまり、この作品の中で誰もが生まれ直しと生まれ変わりができるというわけです。
寺山修司の「田園に死す」にも、薄幸な遊女が亡き母に『お母さん、どうかもう一度、私を妊娠して下さい!私はもうやり直しが出来ないのです』というシーンがありましたが、泣きました。
展覧会中「ホーン」の股ぐらからは行列が絶えず、評論家やマスコミは、女ガリバーとかヨナのクジラ、世界最大の売春婦!等とスキャンダラスに激賞されたそうです。
その後ニキは師匠で恋人のティンゲリー氏と、イタリアローマ郊外の広大な土地に「タロットガーデン」なる夢の宮殿を建設しました。こちらも洋子さんのお供で参りましたが、それはそれは目が眩む不思議の国の異界世界でした。

絵描きなってしまいましたが、私が生まれた1966年にはもう既に「ホーン」なる偉大な作品があったと知り、この時20代の私は、少なからず絶望し、私は今後何を描くべきなのか、、、
ああ、そういえば24くらいから10年近く絵を描きませんでしたが、しかしそれでも描くんだよ!!としか、今ではそう思えるようにもなり、たくさん反芻してこれからも描いていく所存でございます。

私が描いたささやかな「スカートの下の劇場」が、絵のままに歌舞伎座ヨロシクのスケールで劇場になったなら、まず観客は、満月の夜、空になびくロングヘアの美少女を見上げながら、赤いスカートの下の襞襞に侵入して頂きます。
襞襞は、白木蓮の花びらのような生地に、ふんわりとソルティスの刺繍を纏いシャンパンゴールドのスパンコールや真珠で施されキラキラとシルキーなとろみを感じつつ幾層もの分厚いドレープを掻き分け窒息しそうになりながらくぐり抜けねばなりません。
襞襞のホワイトアウトが続く中、視界は突然解き放たれると壮大になり、レッドカーペットからなる巻き貝のような骸骨のような階段の頂上に、劇場内部を開ける扉がございます。
扉の向こうから薄く肉桂の香りと芸者囃子が聴こえ、開演のベルが鳴るのです。
本日の舞台演出はパゾリーニ監督でございます。

それにつけても、この度のまさかの非常事態のコロナウィルス感染で個展やアートイベントを失い、貧困は自己責任と、国と家族に突き付けられているようで、責め苛められる日々でございます。
どうか一刻も早く、この得体の知れぬ嵐が過ぎ去るよう、今暫くは耐えて参りましょう。

成田朱希 2020.4.15

追伸・「ミッドナイトコール/上野千鶴子著」の文庫の装丁装画は私です。

 

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