中尾美穂: 池田満寿夫生誕80年に寄せて

2014年4月
池田満寿夫美術館学芸員 中尾美穂

「芸術の創造は本来はきわめて個人的な行為にほかならないが、創造された作品は作家が好むと好まざるとにかかわりなく、それが発表された瞬間から、万人のために開放される運命を持っている。その作品が実際に所有されるとか、されないとかに関係なく、作品のイデーは世界に所属されるだろう」
―― 池田満寿夫『my imagination map 未発表デッサン 1956-1965』
これは作者が初期作品の創作過程を「公開しなければならない義務はない」と断りつつ、楽しみながら語る箇所である。そろそろ生誕80年を迎えようという頃から、この文章をときどき眺めている。個人美術館の一員にとって作家の信条はずしりとくる。本人がこの世を去り、作品だけが残されたいま、後世までうけつぎ公開する責任を負っているのは当然だが、それで十分ではない。世界に向けたイデーのことも考えなくてはと思わせてくれるからだ。

作品のイデー、つまりアイディア、発想であり、作品の存在理由でもある芸術家の理念。冒頭の発言をしていただけあって、池田満寿夫の理念には時代に埋没しないだけの新しさがある。それに美術の歴史からはずれたようでいて、美術史に親しみ、寄り添っているからか、普遍性がある。作者の発想がユニークで、それでいながら万人に伝わるとわかることは、展示を行なうものにとって大きな喜びだ。なにしろ発見が尽きない。そして著作を読み返すと、すでにその主題に触れられている。いまも未知の点があるだろう。彼の活動は個々には評価されているけれども、新たなジャンルに挑むことがどれほど独創的な行為だったかも、今後の評価を待つほかない。そのきっかけとして、当館で7月26日(土)から始める生誕80年記念展では、開館を念頭に急逝直前に制作された陶彫「土の迷宮」シリーズほか、晩年の立体や書を中心に創作の源泉をみる。作者が当館に求めただろう活動に少しでも近づけたらと願っている。

ところで生誕80年を記念し、各地で展覧会の予定が出始めている。三重県菰野町のパラミタミュージアムでは、5月22日(木)~6月22日(日)に「生誕80周年記念 池田満寿夫展」を開催する。2年ぶりに全作品が公開される「般若心経」シリーズをはじめ、同館の陶彫コレクションは必見だ。さらに9月6日(土)~10月19日(日)には札幌市の北海道立三岸好太郎美術館「三岸好太郎と池田満寿夫―奇才アーティストの系譜」が予定されている。奇しくも三岸好太郎の没年と池田満寿夫の生誕年が同じく、両者の接触はなかったが、スタイルの変貌やテーマなどに通じるものが多い。ユニークな展示になるはずである。長野市の池田満寿夫美術館では、7月22日(火)まで企画展「池田満寿夫 配色の美学」を開催中。変わった切り口ではあるけれども版画や水彩画を別の視点から楽しんでいただけたらと思っている。長野は池田満寿夫の故郷。地元紙の信濃毎日新聞では交流者による「私のなかの池田満寿夫」を月1回、一年にわたり連載する。陶芸誌『陶遊』でも池田満寿夫の連続特集を行なう。このたびの不忍画廊の“実験展示”を皮切りに、さまざまなジャンルの池田芸術に触れてみてはいかがだろうか。