数年前、安元亮祐氏の絵画にはじめて出会った。
見知らぬ町の、さびれた海辺のがらんとした室内に道化がどこからとなく漂着し、もの思いにふけったり、たたずんだりしている。そのたまらない孤独な風景はしかしどこか淋しく、どこか生あたたかい。遠い昔、どこかで出会った光景のような気もするし、夢とうつつの間で漂った時間のような気もする。音のない静寂な空間だが遠くの方で波のさざめきがかすかに聞こえてくる。安元亮祐の絵から受けた最初の印象である。異質な世界となつかしい世界とが叙情的に溶け合っているのだ。触れたら崩れてしまいそうなはかなさと記憶のなかにいつまでもたたずんでいる得難い不思議な物質感。一度見たら忘れることの出来ない舞台である。
その時この画家がろうあ者であることを私は知らなかったのだ。そのあと安元亮祐夫妻にお会いして手話で話しているお二人を見て、その事実を知り、心打たれた。不安でありながら、マチエールに塗り込められた澄んだナイーブなこの感性は、画家が音のない世界で現実の中に心象を求めながら制作しているからだと分かった。松本竣介と共通する海辺や町並を濡らす驟雨のようにデリケートでしっとりとした画肌は私たちを限りなくなつかしい詩人の風景へ誘ってくれる。
(いけだ ますお/1997年個展案内より)