池田俊彦 (銅版画家)
「象の風景-N村地区」
車や飛行機を操縦していると、身体が拡大しそれらと一体になったような感覚に捕われるという話を聞いた事がある。銅版画を制作していると時々そのような感覚に捕われる。道具と作家の手が一体になりあたかも指先で直接、固い銅を彫り込んでいくといった感覚である。僕のように凡庸な銅版画家は年に一回でもそのような感覚に捕われればいいほうで、大概それすら錯覚だったりする。
渡辺さんはまさに身体が拡大してビュランと一体化したような線を引く作家だ。銅版画に一度でも触れた事がある人なら周知の事であるが、このビュランという道具は数ある銅版画の道具の中でも最もテックニックのいる扱いにくい道具である。だからこそそれによって得られた線は他の技法エッチングやペン等によって描かれた線よりもシャープで冷たく崇高さが漂う。もちろん僕にはほとんど扱う事ができない。
渡辺さんの線の集積を見ていると、その艶と美しさにうっとりと絵の中へ吸い込まれるような気持ちになる。『象の風景−N村地区』にはその感覚を最も強く感じた。この作品は僕のような凡庸な銅版画家に、ビュランと一体化する事を許されたもの達しか見る事のできない風景を垣間みさせてくれる希有な作品である