藤田典子 (版画家)
「風の遺跡」
細密版画は鑑賞者を作品の内側へ誘うような性質を持っていますが、この作品はそれに加え、鑑賞者に向かって溢れ出すような迫力も感じました。画面の内側と外側への広がりという、相反する要素を持った非常に魅力的な作品です。
多くの時間と精神力、高いビュランの技術を使って生み出された緊張感が漂う線の集積からは、畏怖の念をも抱きます。
また、緻密に描き込まれた画面、螺旋状のダイナミックな構図、黒から白への美しいグレーの階調など引き込まれる部分はたくさんありますが、「風の遺跡」というタイトルにとても惹かれました。
風はとどまることなく、時間のように流れていくものです。風の遺跡とはどういうことなのか、と考えながら観賞していると、だんだんと肺の中を覗いているように見えてきました。皮膜のようなものの中に見られる人物や馬、車輪や建物は、目で見る景色とは違い非常におぼろげで、ゆっくりと形を変え、広がり続けていくようです。画面はモチーフが氾濫し混沌としており、無意識のうちに残存する過去の痕跡が渦巻いている様子なのでしょうか。
呼吸をすることで流れる風は記憶を孕んで私たちの中に蓄積し、肺の中で遺跡となるのかもしれません。