「山田純嗣×小金沢智 往復書簡<絵画をめぐって>」009

山田純嗣 様

すっかりお返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。大晦日をいかがお過ごしでしょうか?

不忍画廊での個展は12月8日(土)で終了。残念ながら二度しか会場に伺うことができず、例によって山田さんとは今回もお会いすることが叶いませんでしたが、ボスの《快楽の園》以上に、とりわけ気になった作品が雪舟の《慧可断臂図》に基づく作品でした。雪舟の大胆な筆致、特にあの衣紋線をどのように立体化されたのか。ボスやミレー、ゴヤといった西洋絵画とは異なる日本の、しかも近代以前の遠近法もあったものではない絵画の図像。ボスに象徴的な、細かな細部が作り出す作品とは対照的ですし、それらの周囲にあしらわれた草花のエッチングが、達磨への弟子入りを求めて自分の腕を切り落としてしまった慧可というエキセントリックな場面と組み合わされて、実に奇妙な空間を作り出していると感じました。今回の個展の、ボスと対をなすハイライトではないでしょうか。ボス《快楽の園》と雪舟《慧可断臂図》を軸にして、個展の全体を考えてみたいと思っています。

また、その後山田さんが参加された文房堂ギャラリーでの「阿波紙と版画表現展2012―AIJP(アワガミ インクジェットペーパー)とミクストメディア―」(2012年12月17日〜22日)も拝見することができました。素材の差異による受ける印象の違いなど、言うまでもないことではあるのですが、きわめて近い時期に同様の図像の異なる素材による作品を見ることができたこと、よいタイミングに感謝したいと思います。
そのとき思い出したテキストがあるのでご紹介させて下さい。僕は記憶力がよくありませんので、たとえば本を読んでもその細かなフレーズなどはもちろん、全体すら、時間が経つにつれすっかり忘れてしまうことがままあります。にもかかわらず、小説家の村上龍(1952-)と村上春樹(1949-)の対談をまとめた『ウォーク・ドント・ラン―村上龍vs村上春樹』(講談社、1981年)のあとがきにある村上龍の言葉は、初めて読んで以来頭のすみにずっと住み着いています。他の部分はまるで覚えていないので不思議なことなのですが、偶然にもこちらも往復書簡ですから、ご紹介するにはちょうどよいかもしれません。さて、それは、「僕らが演奏家だったら、あのいかした曲を、ギターとベースで一緒にやれるのになぁ、そう考える。小説家は、同じ曲を演奏することはできない」というものです。僕の知るかぎり、小説は音楽のように、一つの作品を複数人で作り上げる(書き上げる)ということがなしえません。共作はあっても、その執筆は音楽のセッションのように同時に行われるわけではないからです。その交通不能な一抹の寂しさのようなものが、僕にこのテキストを覚えさせている原因なのかもしれませんが、一方で「小説家は同じ曲を演奏することができない」というところだけ抜き出して、作品の存在の仕方のありようを考えることもできそうです。多くの小説家は一度発表した作品を、たとえば加筆修正を繰り返しながら複数回発表するということを行いません。いくら広く知られた小説だとしても、単行本と文庫本での版型や装釘の違いといった少々のアレンジの差異はあったとしても、その内容(原曲)が変わることは原則的にないでしょう。
では今回の山田さんの作品は? というところに、強引に話を繋げていきたいと思います。山田さんが今回「阿波紙と版画表現展2012」で発表された作品は、意味合いとして、それ以前に発表された雪舟や高橋由一の言わば「同じ曲」の「アレンジ」であるのか、あるいは違うのか。というのは、インタリオ・オン・フォトという山田さんの手法による作品と、インクジェットプリントによる作品を比較すると、同じ図像に基づいていても、その見え方が随分違う。当たり前なのですけれども、それによって山田さんが重視されている、全体のためではない、それ自体が生き生きとしている細部も、立ち上がり方が異なってきますよね。山田さんの第8信は主に作品を「絵にすること」ないしは作品が「絵になるということ」であると思いますが、その過程の中で作品における不確定要素や因果関係、細部についておっしゃっている。他方で、版画の素材の違いによる作品の見え方の違いは、どのように捉えられているのでしょうか? 「阿波紙と版画表現展2012」での作品は、アワガミファクトリーからの依頼があってのことなのだと思われますが、これから自発的に、今後の展開を考えられるにあたって、そのようにさまざまな素材を使用していくことも考えていらっしゃいますか?

(12-15) 慧可断臂 (12-16) THE LADY AND THE UNICORN – SIGHT
2012年 60×36.7cm
阿波紙(和紙)、インクジェットプリント、エッチング ed.5
2012年 60×45cm
阿波紙(和紙)、インクジェットプリント、エッチング ed.5

途中、「明けましておめでとうございます」を最後に書かなければならないかと思いましたが、なんとかお返事を年内に終えることができました。
それでは、どうかよいお年をお迎えください。

小金沢智