池田俊彦 「The newman behind mask」
2018 ドローイング、印度の手漉き和紙 395×288mm
【コメント】
門坂さんとお会いしたのは、不忍画廊がまだ八重洲にあった頃ですのでもう十年くらい前になると思います。門坂さんの個展会場でした。その気品に溢れる精緻な線のエングレービング作品に囲まれて座っていた門坂さんは思っていたよりも小柄で作品から来る厳格なイメージや巨匠にありがちな威圧感はなく飄々とした素敵なおじさまで、まだ若造の僕を快く迎えてくれました。
それからの2、3時間は夢のような時間でした。たまたま画廊に他のお客さんがいない時間でしたので、赤ワインでほろ酔いの門坂さんからエングレービングのプライベートレッスンを受けるという贅沢を満喫したのです。それから銅版画のお話はもちろん、お酒の事、イラストや挿画の事、絵のお仕事だけでお子様二人を育て上げた事など、初対面の僕にも貴重なお話をたくさん聞かせてくださいました。その時に感じた自然体な中に通底する紳士的で気高く強い信念は今でも僕が目指す銅版画家の理想像の一つとなっています。
その後電車の中でたまたま真正面に門坂さんが立って読書をしているという奇跡的な瞬間に遭遇する事もありましたが、画廊にいらした時とはうって変わって眼光鋭く近寄りがたい雰囲気でしたのでお声がけする事もできず、結局はあの不忍画廊での幸福な時間が門坂さんとの唯一の思い出となってしまいました。
今回の出品作はペンによるドローイングです。エングレービングには随分と早く兜を脱いでしまった僕ですが、実はペンの技術にはおこがましいプライドを持っておりました。しかし門坂さんのペン画を前にその伸びきった鼻は簡単に折られてしまったのです。
まだまだ門坂さんの技術には及びませんが、門坂さんの事です、こんな拙作でもきっと飄々と受け入れて喜んでくださるのではと勝手ながら想像しております。